2009年9月4日金曜日

三ツ星レストラン ルドワイヤンにて

三ツ星レストランには一度だけいったことがある。昔から中が良い友人カップルが彼女の40歳の誕生日を祝うためにアメリカからパリにやって来た。誕生日当日、二人は「ルドワイヤン」というコンコルド広場近くにあるレストランに予約をいれていた。二週間ほど居間のソファベッドを占領していたお礼として、ご馳走するので一緒に行こうと誘ってくれた。もちろん、いくいく!と答えたのは言うまでもない。

私は三ツ星レストランとはどんなものなのか、まるで理解していなかった。普段仕事にでかける格好で行こうとしたところ、友人が「言いにくいけど、ほかの服はないのか」と聞いてくる。

「なんで?」

「ちょっとその格好じゃ浮いちゃうかも」

言われるままに、夏用の黒いワンピースを取り出し身につけた。

到着してみると、なるほど、友人は正しかった。それはまるで貴族の館のようだった。黒いタキシードの人々がうやうやしく迎えてくれ、お客さんもイブニングドレスなど今すぐ結婚式に出席できそうな格好なのである。その日私たちは、永遠と続くような想像を絶するほど豪勢な食事を楽しんだ。私は肉も魚もどっちも出てくるコースは初めてだったし、メインとデザートの間に好きなチーズを選べるトレーが出てくるのも知らなかった。チーズを選ぶと、ソムリエが静かに近寄ってきて、それに合うワインを選んでくれる。そしてデザートだけで、三皿ほど続くのだ。すべてのコースを食べ終わったのは深夜十二時をすぎてからで、翌日は三人とも一日中食欲はなくウドンをすすった。

 さて、私の三ツ星体験はこの日ですっかり止まった。私は小銭を手にするとすぐに旅にでかけてしまうので、一度の夕飯に四、五万も払うなぞ無理な相談だった。

2009年8月29日土曜日

リュクサンブルグ公園


リュクサンブルグ公園の近くに住んでいるので、土・日のどちらかはそこで過ごすことが多いです。
本を読んだり、ぼんやりしたり、走ったり。時にはちょっとした原稿もそこで書いたりします。
もう自分ちの庭状態。
まわりにも、ひがないちにち喋り捲っているおばちゃんたちや、
チェスをやっている人、サッカーボールをける親子など
本当にみんなそれぞれの素敵な時間をすごしてる。




外周を走るとちょうど三キロくらいらしいので、私はたいていは一周、多いときは二周する。
景色がくるくると変るので、楽しく気持ちよく走っているうちに走りおえる。
あー、公園の近くに住んでて良かった。それだけで、庭やバルコンがないのが帳消しになる。
だから引っ越せないんだよなー。

南アフリカ、クルーガー国立公園でサファリ三昧2

南アフリカ、クルーガー国立公園の写真をアップします。
クルーガーといっても、これはサビサンという私営の保護地で撮ったものです。
以前にも書きましたが、クルーガーは舗装道路しかはしってはいけないという決まりがあり、
動物を至近距離で見るのはかなり難しいとのことで、サビサンにいきました。



ビッグファイブで見るのが一番難しいのはレオパルド。最後の日にやっと見れました。カップルでのそのそ歩いてました。
綺麗です。


キリンは本当に大きくてすごい迫力。水場に群れで遊んでいました。
キリンはなんでビッグファイブじゃないんだろう?
バッファローをはずして、キリンを入れて欲しいです!


象は、いちにち中草ばっかり食べています。
寝るのは15分だけだとか。


そしてアフリカの空!


さて、よくきかれる質問ですが、治安が悪い南アフリカですが、サファリは安全なのか?
答えは、はい、安全です。
クルーガーは厳重な警備がされていて、中に入れるのは予約をしているお客さんだけです。
特にサビサンの警備は厳重極まいし、ロッジも動物が闊歩する人里はなれた所にあるので、
泥棒もなにも来られません。
私が泊まった宿はちなみに、鍵をかけることもできなかった。鍵がないんです。
聞いたら、今まで特にトラブルはなかったとのこと。
というわけで、サファリまでたどりついてしまえば安全。
ちなみに周辺の小さな町もかなり治安は良いらしいです。
危険なのは大都会だけなようです。

2009年8月22日土曜日

FISHという名のビストロ

義姉夫婦がパリに遊びに来た。
四泊五日、つまり使える時間はぴったり3日間という強行軍。
一緒に夕飯を食べに行くことになっていたのだけれど、注文は「カジュアルで美味しいフレンチ」。
だいたいこういうリクエストは日本から来た友人・知人に多い。
実はこれがちょっとだけ結構面倒な注文なのだ。
だってさー。パリって物価が高いんです。
ちょっとしたもの食べたら30、40ユーロはする。
そして日本の友達はみんな、「いかにもパリっぽい素敵なお店」を期待しているので、
それなりに雰囲気もよくなくてはならない。
そして、当然肥えた舌を満足させるために、美味しいものでなければならない。

さて、今回私が選んだのはサンジェルマンにあるFISHという気取らないフレンチレストラン。
ワインリストも充実しているし、隣の店から運んでくるイタリア風の焼きたてパンが最高に美味しい。
そして、魚を料理するのがとってもウマイ。
さらに、雰囲気もきどらず、かしこまらず、でも可愛らしいので○。
最後に家から歩いて5分というロケーションで
いつもここに落ち着くことが多い。

Fish La Boissonnerie Restaurant Paris

69, Rue de Seine, 75006 Paris


予算はだいたい一人当たり40~50ユーロ。
ビストロとしてはまあ平均的な価格か、ちょっと高いほうかも。
でもここは絶対外れないです!
日本からお客様が来たときはぜひ。
現に義姉夫婦も大満足で、「次回も絶対きたい!」とのことでした!

ちなみにそれぞれ頼んだメインディッシュは
■ 私-マグロのステーキ
■ 夫-スズキのソテー、バジル風味
■ 義姉-サーロインステーキ 野菜たっぷり
■ 兄-ウサギのクリームソース

ウサギは相当おいしかったようで、感激していました。
スズキもバジルが利いていて、付け合せの野菜との相性もバッチリだったようです。

ちなみにここは要予約です。前に予約せずに突撃して、何度も断られています。






2009年7月24日金曜日

スクワットにて

去年のソルボンヌの生徒の一人、ニコラちゃんは卒業後、スクワッターになったとのうわさを聞き、
ちょっと遊びにいってきた。
大学院を出て、とつぜん不法占拠地に住み着くんだから、
フランスの学生って面白い。

いてみると、ニコラはなかなか立派なスクワット(不法占拠地)を持っていて、
なかなか感心。場所はパリの郊外である。
特に政治的な目標があるわけではないらしい。
中はルーマニア人のジプシーがいっぱいいて、楽しく踊っていた。

スクワット、といっても大きな庭つきの立派なたてものである。もともとは工場だったらしい。
庭にはこんなでたらめな建物がたててあった。
ぜんぶで20人近くがここで寝起きするのだそう。



どっからかかっぱらってきたらしい、ショッピングカードを利用してバーベキュー!!
炭火なので、なかなか美味しかった。

打ち捨てられた浴槽がある部屋があり、そこで子供たちが遊んでいた。
子供はどんなところもすぐ遊び場にしてしまう。
こんな奇妙なスペースも。


南アフリカの治安情報。私の場合。

南アフリカに行く前、さんざん治安について脅されました。
ガイドブックを読んでも、世界一危険な国だの、
ヨハネスブルグのダウンタウンに行けば強盗に遭遇する率100%などと
書かれていて、おっかないこと極まりなし。
南アフリカに行ったことがある友人に話しを聞いたら、「ヨハネはやばい・・・」とのコメント。
行く前はかなりびびりまくっておりました。

さて、結果からいうと、何もおきませんでした。
強盗にも、盗難にもあわず、危ない目はゼロでした。
ただし、ガイドブックに書いてあることがあながちうそでもないようです。
ヨハネスブルグ在住の南アフリカ人の親切なカップルに会ったところ、彼らも
「怖いので夜はほとんど出かけないし、昼間もぶらぶら歩いたりするなんてことない」との話。

確かにヨハネスブルグは、ぶらぶらお散歩~、などという牧歌的な雰囲気はないし、
そんなことしてみたいという場所も特になかったです。
道端に人なんか歩いてません。歩いたら相当目立ちます。
そして、ヨハネの夜はすごく早い。レストランも夜10時にはだれーもいなくなります。

私たちはヨハネスブルグでは、アパルトヘイトミュージアムやソウェトツアーに行ったのですが、
全部移動はタクシー。帰りも運転手さんに頼んで、時間に迎えに来てもらってました。
夕飯に出かけたり、ネットカフェに行くのももちろんタクシー!
だから、出かけるのはかなりお金がかかります。
たとえば、アパルトヘイトミュージアムは二人で往復一万円くらいかかりました。
というわけで、ヨハネスブルグで出かけようと思っている人は、
タクシー代として一日一万円くらい見といたほうがいいかも。

これ、本当に誇張でもないし、贅沢でもありません。
ヨハネスブルグを車なしで、自力ででかけることは間違いなく不可能だし、
出かける人は100%強盗に合う覚悟でいきましょう!

ただし、気をつけて行動していれば、別に危ないこともありません。
ルールは二つです。
①危ないエリア(ダウンタウン)に近づかず!
②タクシー代をけちるな!
③夜は早く寝よう!

ちなみに来年のワールドカップ決勝戦が行われるという建設中スタジアムがある近辺も、車で通りました。正直、最高に治安が悪そうなエリアです。いわゆるソウェト近辺。でも、ソウェトからは少し離れているようだし、警備も最高に厳しいだろうから、気をつけていれば問題ないかなあ、という気がしました。

以上、来年のワールドカップに行く人に向けて、治安情報でした。

2009年7月22日水曜日

南アフリカ、クルーガー国立公園でサファリ三昧

夏休みで、いってきました。南アフリカ&スワジランド。
目指すはクルーガー国立公園のサファリ!

一生に一度は行ってみたいのがサファリだったので、もう行く前からずっと興奮状態。
私たちはヨハネスブルグに一泊し、翌日朝の飛行機でファラボワという空港まで飛んで、そこから車でクルーガーへ。
このルートは早いし、安いし、お勧めです。地球の歩き方にはネルスプリットが最寄の空港のように書いてありますが、
それはクルーガーの南のほうに行く人だけ。北部に泊まる人は、お気をつけて。

さてさて、一番動物が見られる時間は早朝と夜。
なので、朝はえっらい早くて、夜も結構遅いので、
毎日で意外とハードです。

朝は、なんと五時半にレンジャーが起こしにきてくれて、それが一日の始まり。

コーヒーとラスクだけを素早く流し込み、まだ真っ暗の朝六時にはオープンジープに乗り込みます。
そして、朝9時半まで、動物ちゃんたち探して、サバンナの中の道なき道を走り続けます。

車のボンネットの上に、特殊な席が設けられていて、そこにはトラッカーと呼ばれる人(追跡者というほどの意味)が座ります。
トラッカーは、特殊な訓練と才能を持った人たちで、薄暗い草むらや木の陰にいる動物を一瞬で見つけ出したり、
足跡を見てどんな動物がいつそこを通ったかなど予想してくれる。それは、頼もしい存在です。


午後は、夕方4時に出発して、夜行性の動物を主に探します。
ようやく一日が終わり、宿に戻るのは7時半くらい。
朝、夕あわせると合計7時間も車に乗ってることになる。
でもぜんぜん飽きない。
だって突然出てくるんだもの。しかも、みんなすぐ目の前に。

インパラの骨を噛み砕いてお食事中のライオン(2メートルしか離れてないのでめちゃ怖かった)。
首をぶんぶん振り回してケンカしているキリンたち(ノンビリした動作でかわいい)。
草をのそのそと食べるサイの親子。
ふわふわと踊るように歩く象の大群。
目をぎらぎらさせて、ふんぞりかえるハイエナ達の群れ(人間が近づいても気にせずリラックス)
巨大な猫みたいだけど、肉食獣のレオパルドのカップル (私のお気に入りは、やっぱりレオかな。すごく綺麗)

動物たちは人間が出現することにはスッカリ慣れているみたいで、人間のことは「あ、あいつらか・・・うざいな」程度の反応で、大体は完全に黙殺。
もちろん人間も、声を出したり、手を振ったりの動作はせず、じっと動物を見つめるのみです。


でも、何が一番感動したかって、やっぱりアフリカの空!

草むらにぽつんと立って風に吹かれて空を見上げる。
すると、朝焼けも夕焼けも、空が真っ赤に染まっていくんです。
それをほんやりを見るだけで、毎日じーんとしました。
地球ってこんなところなんだなー。
空って本当はこんな色なんだなー。

夜は大きな火を囲んでみんなでご飯を食べます。
その頃にはもう震えるほど寒いのだけれど、
燃え滾る火の回りに集まっていると体がホカホカしてくる。
そして、お風呂に入って、10時くらいには寝てしまいます。
その夜の静かなこと。

どうでもいいことが素晴らしかった。

本当にいけて良かった。


------------------------------
みなさんの参考までに、ちなみに今回泊まった宿はコチラ。

カパマリバーロッジ
アラスサロッジ

どちらも素晴らしい宿で甲乙つけがたいです。
カパマロッジは空港直結(hoedsprit)で行くのが楽だし、とにかく何から何までサービスが行き届いている感じ。
そしてご飯がすごく美味しいです。ビュッフェスタイルなのに、本当に美味しいものばかりで、野菜もたくさん食べられるし
満足度かなり高!かなり大人数が泊まれる大きな規模のロッジですが、居心地は素晴らしいです。

Arathsaはもう少し小規模の宿なので、すごく静かなときをすごせます。
ロッジも、コテージなので、隣の部屋とはなれいているのも○。何が素晴らしいって眺望。
目の前に大きな池があるので、そこに動物がいっぱい水を飲みに来る。
そもそこ、ここはサビサンの中にあるので、カパマがある近辺よりも動物が見られるとの話でしたが、私たちの経験では同じかな?
ご飯は、まあ普通かなという感じで、食事に関してはカパマのほうがダントツ良いです。

本文ではクルーがーと呼びましたが、正確に言うと二つともプライベートリザーブです。
クルーガー自体は、国立公園なのでオープンカーではいけないとか、オフトラックは走れないなど制約が多く、全く動物がみえないこともあるそう。見えてもすごく遠いこともしばしば。

確実に動物が、しかも近くで見たいと言う人は、絶対にプライベートリザーブじゃなきゃだめですよ!
もちろん料金もそれなりですが・・・
ちなみみ私たちは、四泊五日の現地ツアーで、11000R(13万円くらい)でした。


2009年5月10日日曜日

南仏プロバンスの春



もう一ヶ月半以上前になるのだけれど、女友だち二人と南フランス、プロバンスに行ってきました。
いつも通り、土曜日の早朝、TGVでアビニヨンを目指します。着くのはお昼まで、そしてそこから別世界。一足早い春がきていました。まずお昼を食べようということになり、レンタカーでゴルドという小さな村を目指しました。ゴルドーはリュベロン地方で一番有名な村で、典型的な鷲巣村です。
有名なだけあって、ご飯を食べるところもたくさんあり、一軒のレストランの軒先を選びました。
太陽の下でのご飯は最高!ローストチキンの簡単な食事。
三人で乾杯しました。

午後はずっとリュベロンをドライブ。道が細くてくねくねなので、
久しぶりに運転する私は、ちょっと緊張。でも南仏のドライブはやっぱり快適。

今回泊まったのは、ここ。 イルシュールラソルグから車で10分ほど走った、何にもない森の中にありました。


広い手入れされたお庭に、古い建物。ちょっとお城みたいで、いい感じです。
偶然選んだ宿ですが、すごーく可愛かったです。
値段もリーズナブルでお勧めです。
オーナーは英語も話せます。

女子三人で泊まるので、一人用ベットが3つある小さいお部屋。
天井が高くて。シーツがパリっとしていて気持が良い。
なんか昔のヨーロッパの寮のようでした。
三人ともちょっと疲れているみたいで、夜はぐっすり。





朝は宿を探索。
昔風の可愛いキッチン。パリチとシャッターおしただけなのに、この愛くるしさ!
ここで朝ごはんを食べます。それだけで既に癒される三人。
朝食はクロワッサン、コーヒー、絞りたてジュースとフルーツとヨーグルト。
体の中から元気になれそう。
友だちは「こうしてのんびりしているとささー、いつも忙しく働いてるってのが馬鹿みたいだよねえ」と言い出し。
そうだねー、仕事に追われたくないねー、やめちゃおうか!
と笑いあう。とは口だけで、やめないのが人生で仕事ばっかりしてきた私達。

ご飯を食べ終わったらイルシュールラソルのマーケットへ。
ここでは、買い物根性が炸裂。
オーガニック石鹸、ラベンダー、エッセンシャルオイルや、地元のソーセージやチーズを物色。
ここはアビニヨンからたったの45分ほどなので、
アビニヨンまで来た人は、ぜったい寄るべきマーケット!
南仏最大らしいです。

その後、ルシヨンという小さな村に行きました。
アビニヨンから一時間ほどで、リュベロン山脈の小さな南仏の村に着きます。
ここは赤土でできたピンク色の家が並んでいます。
丘を登れば、空気が澄んでいて山の向こうまでずっと見えます。

 




ルシヨンの広場にいた猫。すごく人懐っこい。
しばらく私達と遊んでくれました。
いつも広場でこうして遊んでいるのかなー。



女三人集まるとかしましい、というけど本当にかしかましかったです。
車の中でも、ご飯食べている時でも、歩いているときでも、とにかくペチャクチャ。
仕事のこと、家族のこと、恋愛よもやま話など。
三十台も半ばになって、三人中二人は結婚しているというのに、
まだこうして女同士で旅できるなんてシアワセです。
また、行きたいね。

いい旅でした。

2009年4月26日日曜日

アトリエでの恋愛談義







嬉しいことがあったのでシャンパン一本もって。
絵の具の香りが気持よいスペースです。

シャンパンとワインを空けた瞬間にいつのまにやら、人が集まってきて、
小さなパーティ。
時間が経つとなぜか話は恋愛談義に。

仲間の一人が、今結婚している人を大好きになったとのこと。
そして彼女も彼を好きになり、二人は毎日ラブラブでシアワセの絶頂にいるとの報告。
「彼女が結婚してるとか本当に関係ないよ。自分が今彼女が大好きだということ。今シアワセだと言う事実で充分だ」という。
友だちがシアワセでいることはとてもうれしい。
そして、好きになってしまった人が結婚しているということもあるであろう。結婚と言うのは完全な制度なんかじゃない。人は誰でも考え方が変わるし、間違いも起こすし、年もとる。ましてや、ここはフランス。
恋愛第一主義。恋愛感情がなくなったら、みんな婚姻を解消するというカルチャー。

まわりの友人たちも「わかる、分る」とうなずいている。
私も自分が結婚する前だったら、うなずいていたと思う。
でも自分は「一緒にずっと年をとっていこうね」と誓い合った人がいるので、
やっぱり「そうだそうだ!!」とは思えなかった。
たぶん自分がシアワセだからかもしれない。
結婚したからにはやっぱりその人とずっと幸せでいたい。
このシアワセが永遠だったらいいな、と思って結婚したのだ。
じゃなければ、なぜするのか?
だから、簡単に変わってしまう自分達を受け入れたくない。
そういってみたら、まわりの人は
「動かない水はいつか腐る」という。
結婚は動かない水なの?
結婚しても動く水もある。一緒にかわっていけばいいのだ。
という自分は、ただの理想主義者で世間知らずなのかもしれないなー、なんて思った。

2009年4月24日金曜日

オーダーメードのシャツ。テーラーのSさん宅で


ちょっと前になりますが、place de clichyに住む日本人夫婦Sさんのおうちに呼ばれて、一緒にご飯をいただきました。そのうちに行く途中、こんなに見事なグラフィティが!
壁の形を綺麗に利用していて、まさに街はキャンバス。素晴らしい!
パリは本当にあちこちにこういう落書きグラフィティがあるのですが、
驚くほど完成度高いし、綺麗です。
右側には有名なシルエット人間もいますね!

さて、その夫婦の旦那さん(Sさん)は世界の王様がオーダーメードのスーツを作るというすごいテーラーで働いています。中でも一番重要な「カッター」という仕事をしているそう。
日本人でその地位までのぼりつめたのは彼だけらしい。ちなみに奥様は「縫い子」だそうで、本当にテラー夫婦なのですよ~。

実は私たち、ありえない贅沢なのですが、彼にオーダーメードのシャツを作ってもらうことにしたのです。
夫が誕生日なので思い切って・・・!!ま、一生のうちに何度もできることじゃありませんが、せっかくSさん夫婦に出会ったのだから!

というわけで、この日は採寸と生地選び。
まずはSさんが事前に選んでおいてくれた生地をいくつか見せてもらいました。
中には夫が絶対にきないような、派手な赤の生地も。
するとSさんは、
「絶対この赤に合いますよ!お勧めです!」
とかなり強く言うので、せっかくだし、絶対に既製品にないものっていうのもいいか、という結論になり
夫が普段着そうな麻のシャツと、赤の綺麗なドレスシャツをつくってもらうことにしました。
あー、なんつう贅沢!!
襟の形、裾のシェープ、背中のドレープの形なども選び放題。
でも普段選びなれてない私達は、結局Sさんのお勧めにまかせることに。

さて、結果はいかに・・・
また報告します。

2009年2月26日木曜日

フランスの世界遺産 私のお勧め


この間、世界遺産巡りが趣味という写真家の方にあいました。結構多いですよね。私は別に世界遺産巡りは趣味じゃないけれど。まあ、近くに行く機会があるといってみています。

今まで行ったところは以下の通り。四年もいるのにそんなに多くはないなあ。でも変わったところに結構いいっている気がする。小さな村の教会やら南仏の運河やら。

モン・サン・ミッシェル(フランス人と日本人の友人三人でドライブがてら行きました。思ったよりツー李スティックなところだな。。。というのが正直な感想。中に入るなりビスケット屋やクレープ屋が並んでいるのですがそれがなんとも安っぽい。修道院は静謐な雰囲気ですが、すっかりぶち壊しでした。お勧め度☆☆)

プロバン中世都市 (パリから一時間くらいのところとアクセスが良いので三回行きました。一度は中世祭りのときでかなり賑やか。小さな町ですが、美しく結構楽しめます。街の中の散歩が楽しいので初夏がいいかも。お勧め度☆☆)

ロワール渓谷 (母と妹と三人で古城巡りをしました。パリから二時間ほどと近いのに、びっくりするほど美しい風景画広がっています。古城めぐりは面白いし、ドライブものんびりで最高でした。ヴィランズリーというお城が特にお勧め。お庭が本当に造形的で見ごたえありますよ。お勧め度☆☆☆☆

カナルミディ(南仏で二回見ました。一度はカルカッソンヌ。美しいマラソンロードとして利用させてもらいました。緑が気持よくていくらでも走れます。わざわざ見に行くほどではないかも。お勧め度☆)

ストラスブール市街 (夫と友人とあわせて二回行きました。街中の散策が楽しい町です。特に何があるわけではないけど、ドイツっぽい雰囲気と運河巡りを楽しみました。木陰でビールを飲むのが最高。ご飯はドイツ風でソーセージやシュークルート。クリスマスマーケットが有名だけど、冬は寒いからやめたほうがいいかも。お勧め度☆☆☆)

シャルトル大聖堂 (ついでがあったので友人と行ってみました。パリから一時間半くらい。これだけ見に行ったらちょっと損した気になるかな?でも、街は結構かわいいので、ちょっとした小旅行に。ほかに見るところはないけど。お勧め度☆)

ヴェズレー教会 (綺麗な昔ながらの小さな村がヴェズレーです。ブルゴーニュに向かう途中でよってお昼ごはん食べました。高台から見る景色が綺麗です。教会ではちょうどミサがやっていました。素敵な村ですよ。パリから日帰りも可能。ただし電車でのアクセスは不明。お勧め☆☆☆

カルカッソンヌ (カルカッソンヌを見ずして死ぬなということわざがあるらしいです。それくらい立派で美しくロマンティックな城砦都市。パリからだと電車ではかなり行きにくいのが難。モンサンミッシェルと似ているけど、こちらのほうが断然良いです。夜景も綺麗だし、ツーリスティックじゃない。ミディ運河もついでに見られる。二泊くらいしてもいいですよ。お勧め度☆☆☆☆)

パリセーヌ川 (住んでるところが世界遺産というなんとも贅沢な。あ、京都や奈良も同じか。お勧め度ノーコメント)

ヴェルサイユ宮殿 (いわずとしれたベルサイユ。一度しか行ってません。冬だったのに以外と込んでいてそれ以降行く気を失ってます。えらい広大でした。豪華すぎてぴんと来ないくらいで意外と感動は少なかった。写真で見てるからかも。お勧め度☆☆


全ての世界遺産は↓↓↓

  • モン-サン-ミシェルとその湾 - (1979年)
  • シャルトル大聖堂 - (1979年)
  • ヴェルサイユの宮殿と庭園 - (1979年)
  • ヴェズレーの教会と丘 - (1979年)
  • ヴェゼール渓谷の装飾洞窟群 - (1979年)
  • フォンテーヌブローの宮殿と庭園 - (1981年)
  • アミアン大聖堂 - (1981年)
  • オランジュのローマ劇場とその周辺と"凱旋門" - (1981年)
  • アルルのローマ遺跡とロマネスク様式建造物群 - (1981年)
  • フォントネーのシトー会修道院 - (1981年)
  • アルケ-スナンの王立製塩所 - (1982年)
  • ナンシーのスタニスラス広場、カリエール広場、アリアンス広場 - (1983年)
  • サン-サヴァン-シュール・ガルタンプの教会 - (1983年)
  • ポン・デュ・ガール(ローマの水道橋) - (1985年)
  • ストラスブールのグラン・ディル - (1988年)
  • パリのセーヌ河岸 - (1991年)
  • ランスのノートル・ダム大聖堂、サン-レミの旧大修道院とト宮殿 - (1991年)
  • ブールジュ大聖堂 - (1992年)
  • アヴィニョン歴史地区 - (1995年)
  • ミディ運河 - (1996年)
  • リヨン歴史地区 - (1998年)
  • 歴史的城塞都市カルカッソンヌ - (1997年)
  • フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路 - (1999年)
  • ベルギーとフランスの鐘楼群 - (1999年、2005年拡張)
  • サン・テミリオン地域 - (1999年)
  • シュリー・シュル・ロワールとシャロンヌ間のロワール渓谷 - (2000年)
  • 中世市場都市プロヴァン - (2001年)
  • オーギュスト・ペレにより再建された町ル・アーヴル - (2005年)

2009年2月14日土曜日

エッフェル塔建設の裏舞台


今朝また雪が降った。
今年に入って何回目だろう。
こんな風に寒い夜、ふと見上げたエッフェル塔の美しさに目を奪われることがある。
鉄骨だけなのに、スラリとして優雅だ。
東京タワーに似ているのに、全然違う。

特に一時間に一度、5分ほどキラキラと星屑のように繊細に輝く姿は、
しばらく立ち止まってしまうほどだ。
長い冬ですっかり暗くなってしまう気分が、すっと吹き飛ばされる。
あ、パリが好きだな、と思えるのはこんなとき。
自分が吐く息の白さと、ぴんと張り詰めた空気。チラチラとリズミカルに輝く塔。
私にとって、エッフェル塔は、冬の日々の何か大事なものを象徴している。

さて、このエッフェル塔はフランス革命100周年記念万博を記念して作られた。
これはコンペによって決まったのだが、現在のエッフェル塔に決まるまで紆余曲折あったらしい。
いまのエッフェル塔を設計したのは橋の技術者のギュスターブ・エッフェルという人。
確かに言われて見ればエッフェル塔は鉄製の橋を縦にしたようにも見える。
この案に決定する前まで、実は別の案が決まりかけていたらしい。
それは太陽の塔と名付けられて、巨大なアーク灯でパリ全体を明るく照らすというアイディアだ。
すったもんだあって、なぜか太陽の塔は中止になり、エッフェルになった。

太陽の塔じゃなくて、本当によかったなと思う。
冬の日々に必要なのは、太陽なんかじゃない。太陽はまぶしすぎて、パリに似合わない。
雪のように繊細で、たおやかなのに逞しいこの塔こそがピッタリだと思う。


2009年2月12日木曜日

ビジュアル系本屋 assouline


パリの本屋は本当に個性的。
古ぼけた辞書のような味のある古書やもあれば、
現代的でパリッとしたビジュアル重視の本屋も結構ある。
私はフランス語が得意、とは口が裂けても言えないのでフランス語の本を買うことはあまりない。
それでも本屋巡りは結構する。

ずっとすきなのがこの写真にあるassouline という本屋。
サンジェルマン教会から Rue Bonaparte をセーヌの方に下ると左側にある。
仕事帰りにブラリと寄ることが多い。
ここは、とにかくビジュアル、ファッション系の本が充実。
読むための本、というより、見せるための本棚作りの本、というコンセプトらしい。
中も居心地の良い書斎みたいで、ちょっと薄暗くて落ち着く雰囲気。
ここでパラパラとページをめくる時間の贅沢なこと。
おあつらえむきに、ソファだってある。
しかし、見ないなー。買っている人。
どうやって経営が成り立っているのか本当に不思議なのだが、
ずっとあるので、何とかなっているのだろう。

2009年2月9日月曜日

南仏のアンティーク村 イル・スュル・ラ・ソルグ




二月の終り、女友だち二人と、週末だけの南仏旅行の計画を立てている。
私がフランスに来て以来ずっと仲良くしていたEちゃんが、日本に戻ってしまうため、最後の思い出にと企画した。場所は前に行ったアビニヨンとリュベロン地方に再び。二人ともフランスに十年近く住んでるのに、プロバンスに行ったことがないなんて信じられない。私は二回目になるけど、プロバンスなら隙あらば行きたいのだ。

というわけでTGVのチケットをアビニヨンまで購入した。
パリからの所要時間はたったの2時間40分。乗ってしまえばあっという間だ。土曜日の早朝出発して、日曜の夜遅く帰ってくる。週末を目一杯使うつもり。
一人166ユーロは、いつもより少し高い気がするけど、その週末しか三人がいける日がないからしょうがない。

泊まるところも前と同じ、シャンブルドットだ。


ここが本当に美しくゆったりしたところなのだ。
料金も驚くほどリーズナブル。
なんと南仏風の一軒家を借りても一晩160ユーロ。
三人ならば一人50ユーロで朝食もついていてかなりお得だ。
ベッドルームも二つあり、三人がとてもゆっくりと寝られるのが嬉しい。
リビングルームも、台所も、お庭もついている。そして可愛い犬までいる。
一週間くらいいても飽きなそう。
http://www.granges-du-bosquet.com/

この宿は、イル・シュル・ラ・ソルグという小さな田舎町にある。この舌をかみそうな街、イル・シュル・ラ・ソルグはアビニヨンから車で30分ほどのまさに近郊の町にも関わらず、大都会にはないゆったり、のんびりした雰囲気が漂う。
前回言ったときは全く枚情報もなしに適当にここを選んだのだが、この小さな町がとても南仏らしく美しくて驚いてしまった。ここは別名、南仏のアンティーク村。


石畳の通りにはアンティーク雑貨、骨董品屋さんがずらりと並び、街を歩いているだけで骨董&雑貨好きの私にはまさに天国。
古い家具や雑貨が山のように積まれていて見ているだけで退屈しない。
「ソルグ川の上の島」という名前が表すとおり、運河が街の中を通っていて、綺麗な水が流れていて気持がいい。運河沿いにはカフェがあり、人々は山盛りのサラダなんかを食べている。
そして日曜日には運河沿いにマーケットが開かれる。
この日曜市はプロバンス地方で一番大きなものの一つらしくかなりの賑わい。

絞りたてのオリーブオイル。ドライ・ラベンダー。手作り蝋燭や石鹸。
鍋や食器も売られている。
欲しいものが一杯で本当に困ってしまうくらい。この時友人は刺繍がとても繊細なベッドカバーを購入。
私は香りつきキャンドルや、蜂蜜、スパイスなんかを買いました。残念ながら大きなものは買えず。だって持って帰るの大変なんだもん。
週末ののみの市だけでオープンするショップは3000軒以上という規模。
もちろん、パリのクリニャンクールなんか行くよりよっぽど安くていいものが揃っている。
なんで日本のガイドブックには書いていないのかフシギなくらい魅力的な街です。

もうすぐ再びあそこに行けると思うととてもワクワクする。
そして、友だち二人にもあの素敵な風景を見せられるのがとっても嬉しい。二人とも喜んでくれるかな?

そしてハイライトはなんと行っても小さな村めぐり。メネルブやごるど、セナンク修道院やラベンダー畑など。も見所一杯のプロバンスです。

2009年2月1日日曜日

今年も学生になめられる

冬の恒例、ソルボンヌ大学の授業が始まって、何かと慌しい。
一回三時間、それも英語でしゃべりまくるにはそれなりに体力も気力も必要なので、仕事以外のことはあまりせずぼんやりと過ごしている。

昨日は二回目の授業だった。
今年もやはり生徒になめられているようだ。どうも前年度の生徒から「あの先生はちょろい」と聞いているに違いない。男の子たちは、遅刻して来た上に、一時間もすると煙草を吸わせろと騒ぎ出す。女の子たちも、お腹が空いて、疲れているようでどうも集中していない。毎年やっているケーススタディを解けないグループが続出。初めての事態に少し狼狽。授業がつまんないのかと思いきや、「いやー、すごく面白いよ!」とか言うので余計に厄介だ。

あのねー、学生たちよ、本職の仕事をした後に、ほとんど手弁当で郊外のキャンパスまで行く身になってほしい。あたしが時間通りに来てるんだから、みんなだって来てよ。お腹が空いて集中できないんだったら、来る前になんか食え!煙草は体に悪い!と愚痴ばかり出る三年目。。。大学事務局によると去年二年は学生投票により、学部の最も人気が高かった授業にランクしたらしいが、学生を見ている限り、そういう実感はほとんどわかず・・・。

思えば一年目は最高だった。教えることも面白かったし、学生もすごく集中していた。私自身は三年間ほとんど授業内容を変えずに教えているので私の問題というよりも学生の問題のように思うのだが、どうなんだろう。やっぱり日本人で、女性だからかな、という考えがフトよぎって、それを慌てて打ち消してみる。

来年続けるということはほとんどないけどもしそういう事態になったら、自分の中にもう少し厳しい一面がないと学生を統制できないような気がする。でも自分にはそいう厳しさが全く欠如しているので、やっぱり大学の先生には全く向いていない、という結論に至る。

三年間大学で教えてみてよかったことって何だろう、と昨日の帰り道考えていた。もちろん自分にとってえらい勉強になったことは言うまでもない。それまで体系だてて考えたことがなかった雑多な考えをまとめるすごく良い機会だった。後は面白い学生に出会ったこと。最後に、やっぱり人前で3時間も外国語で話すことで、話すことへの緊張感がまるでなくなったことだ。この経験がなんの役に立つのかは全くわからないけど、とりあえずやって良かった、ということだけは間違えなさそうだ。

2009年1月27日火曜日

ストライキ

今日になってストライキ(SNCF & RATP)は木曜の一日だけで終わることが分った。
大学の担当ディレクターM氏との数度の面倒なやりとりな末、金曜日の夜に代わりの授業をするとに。
何が悲しくて金曜日の夜五時から八時までを大学でつぶさなければならないのか。
私も嫌だが、学生もまたぶーぶー言うだろう。
それもこれも、交通ストのせい。
毎年のこととはいえ、非常に腹立たしい。
真面目な市民を人質にとって、自分達の給料の交渉をするなんんて。


よく聞かれる質問に、ソルボンヌ大学とパリ大学というのは同じか?というものがある。
はい、同じです。パリ第一と第四(だっけな?)がソルボンヌという名で呼ばれているけど、
結局はパリ大学ファミリーの一部です。

次によく聞かれるのは、私が教えているクラスというのはどのレベルか、というものです。
ずばり、大学院の二年目です。M2という風にいわれます。
フランスは日本の大学院と違って、一年目をM1と呼び、二年目をM2と呼ぶのですが、
M1から2に上がるのは結構むずかしい。だからM2というのは、まあ本物の大学院生といってもいいかも。

最後によく聞かれる質問ナンバースリー。
ソルボンヌ大学ってフランスにおいてどのレベルの学校なのか、ということです。
たぶん日本で考えられているような「最高学府」ではない、というのは確かです。それは誤解です。
もちろん悪い学校ではないですよ!ぜんぜん。
良い部類に入るけど、日本で言う東大、アメリカでいうハーバードだと思うと大きな勘違い。
グランゼコールのほうがよっぽど良い大学だったりします。
ソルボンヌは、そうだな・・・
日本で言う六大学あたりでしょうか?



[ソルボンヌ大学] ブログ村キーワード

2009年1月25日日曜日

ストライキで大学に行けないかも

さて、木曜日はソルボンヌ大学の二週目の授業です。
内容は「リサーチの仮説の設定と指標」について。
さほど難しい内容ではないけれど、一人二人脱落する生徒がでる箇所です。
仮説の部分は英語を理解しないと、エクササイズができない、という問題もあります。

しかし、さきほど学校から連絡があり、今週は大きなストライキが計画されているそうで、
学校にたどりつけないかも・・・ということでした。
二年前も私の担当の授業の期間が大きなストライキと当たってしまい、
最初の授業がまずキャンセル。
そして翌週もキャンセル。
三週目キャンセルになると、試験期間と授業期間がバッティングしてしまうことから
冷や冷やしてまっていたところ、
ようやく前日にストライキが終わり、何とか授業を始めることができました。

大体学校が遠すぎるんだよー。

ソルボンヌといってみんなが思い浮かべるのはパンテオンの素晴らしい金冠をかぶり、堂々とした
石の建物。
一方私が教えるクラスは森の中。
パリから向かうと1時間かかる。
駅からキャンパス向かって歩いている道は、獣道のような感じで、狸でも出そうな感じ。
誰ともすれ違うこともなく寂しい。
建物もなんだか山小屋を彷彿とさせる木のぬくもりのある建物で
大きな窓から見えるのは木立。
夏なら気持良さそうだが、私の授業は毎年冬なので、寒々しいばかりです。

Sorbonne Pantheon という学校に入学して、このキャンパスに送られる生徒たちは
なんだか理不尽なものを感じているようです。私もだ。

[ソルボンヌ大学] ブログ村キーワード

2009年1月23日金曜日

ソルボンヌ大学にて

[ソルボンヌ] ブログ村キーワード


今日からまたソルボンヌ(Sorbonne Paris 1 pantheon)大学の非常勤講師の仕事が始まりました。
ソルボンヌで教えるのはこれで三年目。

さすがにもう緊張はしないものの、 逆に緊張しなさすぎて、事前の勉強を怠り、
授業でカバーするべきことを忘れてしまった。
でも、楽しく三時間の授業をしてきました。

今年は留学生も多いです。
コロンビア人、オランダ人、中国人、ベニン、そしてギニア。
後はみんなフランス人。
人数は少なくて、14人くらい。去年は23人ほどいたので、だいぶ少なくて気が楽。
留学生の方が英語が上手いというのが、毎年の通説でしたが 今年は逆で、オランダ人の女の子が上手いだけ。
だから英語とフランス語ミックスした授業になってしまいました。

途中で突如としてトラブル発生。
事前に大学に頼んで、ケーススタディに使う資料を人数分コピーしてもらっていたのですが、
何かの手違いで学生に渡っていず。

さすが、フランス、あんなに念を押しておいたのに、テキトウすぎる。
それがないと授業が進められないので、本当に困ってしまった。
すべての予定が狂ってしまうではないか~。
ディレクターに電話して、<どうなってんの!>と言ったら
彼もあわてて、どこかにあるはずだ!と言う。

そんなこといってもどこにもないので
結局もう帰ろうとしていたコンピューターラボのおじさん職員をとっつかまえて
何とかプリントアウト。

ところが今度はプリンターに一枚も紙がない。
しょうがないので、学校のはじにあるコピー機までダッシュして
紙をもってきて、何とか入れて。またプリントアウト。
全員にはいきわたらないけど、二人に一人はいきわたったから何とかなった。
やっと授業再開。

しかし、紙もないって何?
何でコピー機は使えないの?
プリンターも古い。
黒板も傷だらけ。
フランスの大学ってほんとしょぼい。
仕方ないか、学費だただからなー。
それにしても一応は天下のソルボンヌだよ。
フランス最古の学校だよ。
とはいっても私のキャンパスは人気のパンテオンじゃなく、
郊外キャンパスだけど。


だからかな・・・?しょぼいのは。
来年はパンテオンにしたいものだ。



それにしても、三時間しゃべりっぱなしって。


あー、楽しかったけど、ほんと疲れたー。

2009年1月21日水曜日

南フランス プロバンスへ!



太陽を求めて南仏に行きたい気分だ。

二年前に行った、アビニヨン&リュベロン地方は本当に美しかった。

TGVに乗り、アビニヨンからレンタカーを借りて、走り出した。

30分もすると山の上に張り付く小さな村々が見えてくる。

そこは時が止まったように穏やかで、平和。

商店が一軒、カフェが一軒しかないような村。石の古い家がこじんまり並んでいる。

お花やワインの木に囲まれて、フレッシュな空気がきもちいい。

こんな綺麗なところがあるんだなー、と感動したものだ。


リュベロンには南仏プロバンスで有名になったピーターメイルの村、「メネルブ」もある。

さすがに本から時間がたっているし、

本には多少の誇張があるにちがいないと思ったが、

まるで裏切られなかった。

そして人々は本当に親切。

おろおろしているとすぐに声をかけてくる。
日曜日のマーケットも素晴らしかった。フレッシュな野菜やオリーブオイル、手作りの蝋燭や鍋、アンティーク家具が並んでいて賑やか。

太陽と親切な人々。

TGVで二時間半でたどりくつ。

やっぱりまた行こう!

2009年1月18日日曜日

Skate in hotel de ville

ソルドに行こうとマレ地区に向かっていて、市庁舎(hotel de ville)の前を通ると、パリの冬恒例の仮設スケートリンクができていた。凍えるように寒いこの時期、エクササイズとはほどとおい生活の中で、なんかここだけ、アクティブな空気に包まれている。
青い空の下、笑いながらスイスイと楽しそうに滑る人々を見ていたら、どうも羨ましくなってきた。
「やってみたいなあー」というと夫も「じゃあやってみようかー」と軽くうなずく。
しかし二人とも二十年ぶり。
果たしてできるんだろうか。
5ユーロ払うって靴のサイズを告げると、スケート靴を貸してくれた。
交換に自分の靴を渡すと預かっていてくれる。
20年ぶりのスケート靴は、えらく履きにくい。
固くて、ちょっと冷たい。
そしていざ氷の上に乗り出した。
まわりの人を見てる限り、とても簡単そうだ。
まるで散歩するように、ぺちゃくちゃ喋りながらすべっている人も多い。
私だって小学校のときは確かにすべれた。
品川スケートリンクに二回ほどいった。
まあ、さすがに久しぶりだから、大して上手ではないが前には進むでしょ。
自転車と同じで、体が覚えているに違いない。
という楽観的な予想は見事に外れた。
一歩氷の上にでるやいやな、足元がツルツルに滑る(当たり前だ)。
怖くて、怖くて全然前に進まない。
手も手すりから離せない。
どういうことなんだ!?


どうやって滑っているのかを改めて観察するために、まわりをみまわした。
明らかに私はこのスケート場で一番下手な人である。
一方の夫は、持ち前の運動神経の良さなのか、何なのかしらないが
スイスイとスムーズにすべりはじめた。
そして
「怖がらないで足を出せば大丈夫だよ~。おいで~」
といいながら群れの中に入っていく。
いっぽう全然相変わらずへっぴりごして、手すりにしがみついてびくついてる私。
それでも、ただジッとしているわけにいかん、
と何とかジリジリと前に進む。ちょっと進んでは休む。
たぶん最初の一周するのに8分くらいかかったかも。
他の人はたぶん1~2分といったところであろう。
夫はたまーにやってきて、「どう~、下手だなー、ハハハ!」と笑いながらまた消え去っていく。
悔しいのでとにかく、ずりずりと進んでいるうちに、
手すりから手を離せる時間がながくなっていった。
人がいないところなら、何となくは前に進める。匍匐前進。
体はフシギとほかほかと温かい。
大した筋力も使ってないのにフシギだ。
へっぴり腰は相変わらずだが、四周ほどの間に
何とかつかまらなくても進めるようになった。
それでも、優雅にすいすい、というのとはほど遠いのだが。
例えるならば、まわりの人はみな自転車選手で、私だけが松葉杖の骨折患者。
ずりずり、不器用に進む。滑っているようには到底見えない。
あー、恥ずかしいことこの上ない。
「いやだったらさー、もうやめてもいいよ~」
と夫は言うが、
「ここでやめたら一生スケートはしないであろう。せめて子どもができたらスケートくらい指導してやりたい」
と言うと、「まあじゃあ頑張って~」といってまた
一人風ように楽しそうに去っていった。
くそー、悔しい!

2009年1月12日月曜日

サンシュルピス教会のドラクロワ

どうして正月というのは見るテレビが全くないのだろう。元旦、適当にチャンネルをまわしていると「美の巨人たち」という番組がやっていた。小林薫がフランスを旅して歴代のアーティスト達が作った礼拝堂を巡るというものなのだが、これが思いの他、面白かった。ごちゃごちゃした番組ばっかりの中で、静謐な雰囲気が異彩を放っていてとってもいい。その回は、マティスが白いタイルに輪郭だけのマリアを描いた愛らしい南仏の礼拝堂と、コルビジェが作った設計した光あふれるロンシャン礼拝堂、そしてドラクロワの大壁画があるパリ最古の教会・サンシュルピスが特集されていた。



サンシュルピス教会にそんな有名な絵があったのかとちょっとびっくりした。そこは私の家から歩いて5分ほどの場所にあるのが、いつも修復中という印象があって足を踏み入れたことはなかった。高い塔が二本そびえる巨大な教会で、結構な迫力なのだがノートルダムなどに比べるとどうもマイナーなようで、観光客もめっきり少ない。

そんなサンシュルピスを一躍有名にしたのは、「ダビンチ・コード」だ。物語の始めのほうに、重要な秘密が隠されている教会として登場し、老シスターの殺戮の現場になったのがここだ。一時はアメリカ人がダビンチコード片手にうろういていたものだ。

さて、今日は日曜日。時間もあるので、さっそくこのドラクロワの大壁画を見に行くことにした。氷点下の凍てつく気温なので、五分以上歩くところには行きたくない、という気持もあった。ドラクロワといえば、その劇的な画面構成と色彩表現で知られている。彼の絵の影響力というのはフランスにおいてはすさまじいらしく、ゴッホもルノワールもピカソも、みんな「ドラクロワの影響を受けた」と言っているらしい。彼の絵で最も有名なのは「民衆を導く自由の女神」で、これはルーブル美術館にある。この絵の前はたいてい黒山の人だかりで落ち着いて見られたものではない。そういえば、最近この絵は日本のピンクリボンキャンペーンにも使われていたので、日本で目にした人も多いかもしれない。




私が教会に着いたのは夕方4時くらいだったのだが、ステンドグラスと蝋燭の光だけが頼りの教会の内部はかなり薄暗かった。人も疎らで、じっくり絵を見られそうな雰囲気が嬉しい。目指す壁画、「ヤコブと天使の戦い」は正面玄関を入ってすぐ右手にある。








ところが、あれれ、と思った。絵が影に沈んで全く見えない。そういえば番組でもドラクロワはここの場所の「光の変化」に苦しめられたと言っていたのを思い出した。時間によってはかなり強い光が当たるのだが、残りの時間はかなり薄暗い場所だそうだ。だから、かなり原色のような強くて単純な色彩を組み合わせることで、どんな光にも対応できるようにした、とか言っていた。それにしても冬の夕方には対応できなかったらしい。そりゃそうだ、外だって薄暗いんだもの。




せっかく来たのにちょっと残念だったが、歩いて五分なのでいくらでも機会はある。すみません、また来ますと呟いた。ドラクロワはこの絵を完成させるのに八年の歳月を要したらしい。だから次はぜひ午前中の明るい時間に来よう、と思いつつ教会を出た。外の広場では、凍った噴水にのっかって、子ども達が楽しんでいた。